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名古屋高等裁判所 昭和53年(ネ)268号 判決

控訴人 王子商事株式会社

右代表者代表取締役 鶴田清

右訴訟代理人弁護士 堀部進

同 松永辰男

被控訴人 株式会社 名古屋相互銀行

右代表者代表取締役 加藤廣治

右訴訟代理人弁護士 若山資雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審ともこれを一〇分し、その五を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

(控訴代理人)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(控訴代理人は当審において請求の趣旨を上記金員の支払いを求める範囲に減縮した。)を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

(被控訴代理人)

本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、以下に付加陳述したほかは原判決事実摘示らん記載と同じであるからこれをここに引用する。

(控訴代理人)

1  控訴人は、当審において、本件不渡処分を免れるためにやむを得ず出捐した手形金五〇〇万円相当額の損害及び遅延損害金のみを請求するものであって、これにより本訴請求を減縮する。

2  被控訴人が最初に手形交換所へ提出した異議申立書添付の理由書は、乙第二号証(詐取)であって、その後に、乙第一号証(契約不履行)が提出されたものである。その理由は、次のとおりである。

理由書記載の支払拒絶の理由を変更する場合は、既に契約不履行と記載してあった付箋のとりかえが必要となり、このとりかえが時間的に困難であることは、銀行員ならば充分承知している筈である。

支払拒絶理由としての詐取も契約不履行も共に、信用に関しない事由であり、かつ、付箋と異議申立書の理由の一致により円滑に事務処理がなされるものである以上、強いて付箋のとりかえを必要とする挙に出る筈がないからである。

3  被控訴人及び手形交換所は、控訴人の依頼した異議申立書提出ないし受理につき、共に初歩的な誤りがあったものであり、かつ、銀行と手形交換所は協助し合う関係にあるから、手形交換所の不注意はすなわち銀行の不注意であるというべきである。

(被控訴代理人)

控訴代理人の請求の減縮に異議はない。その余の当審における主張はすべて争う。

(証拠関係)《省略》

理由

一  控訴人主張の請求原因1の事由(原判決事実らん第二 当事者の主張(原告)1記載の事実)並びに控訴人が昭和四五年八月一七日、被控訴人覚王山支店(以下「被控訴人支店」という。)に対し、本件手形につき不渡異議申立を社団法人名古屋銀行協会名古屋手形交換所(以下「手形交換所」という。)に対してなすことを委託し、異議申立提供金として使用するため、五〇〇万円を預託したこと、同日被控訴人支店が右異議申立手続をなすことを約し、右預託金を受領したことは、当事者間に争いがない。

二  次に、右争いのない事実を含め、控訴人が本件手形につき不渡異議申立をなすことを被控訴人支店に委託し、これにより同支店が手形交換所に右申立をなしたところ、同手形交換所において、結局右申立を受理しなかった経緯について当裁判所の認定したところは、左記のとおり訂正し、付加するほかは、原判決理由らん二記載と同じであるからこれをここに引用する。

1  原判決一二枚目表末行「体裁をとり、」の次に、「控訴人から聴取した事情に基づき」を、同末行「契約不履行を」の次に「本件手形の」を付加する。

2  同判決一二枚目裏八行目「覚王山支店作成の」の次に「支払拒絶事由らんには契約不履行と記載した」を付加する。

3  同判決一三枚目表三行目ないし四行目の「詐欺を理由とする理由書と差しかえるよう」とあるのを削除し、代りに」手形の付箋の支払拒絶理由とも一致しないので、これらを符合させるよう取計らってほしい旨の」を挿入する。

同一三枚目表五行目の「……解される)ため、」とあるを「……解される)。」と訂正し、その次に「ところが、」を付加する。

同一三枚目表七行目「作成させ、」の前に「あらためて」を付加し、同一〇行目「手形交換所の」の次に「前記」を付加する。

4  同一三枚目表一〇行目から同裏一行目までの「手形の付箋を詐取を不渡事由とするものに取りかえねばならず、そのために持出銀行たる静岡銀行の了解を得るよう指示された。」を削除し、代りに、「これでは受付けられない。できることなら、持出銀行たる静岡銀行の了解を得て手形の付箋を、詐取を不渡事由とするものにとりかえたらどうかとの示唆を受けた。」を挿入する。

5  同一三枚目裏一行目「後藤は、」の前に、「そこで、」を付加する。

6  同一三枚目裏一行目「既に」以降六行目から七行目にかけての「鷲尾から前記のように指示されるや」までを削除する。

7  同一三枚目裏七行目「名古屋支店」の次に「次長」を、「小野」の次に「敏夫」を付加する。

三  前記認定事実によると、被控訴人支店の職員が、控訴人代表者から本件手形について手形交換所に対し異議申立手続をすることの委託を受けた際に、同人から聴取した手形金支払の拒絶事由は、要するに信用に関せざる契約不履行であると判断したのであるから(右支払拒絶事由は、控訴人の要請によるものではなく、異議申立手続を専門に取扱う銀行業者としての独自の立場からなした判断によるものであり、その故にまた、被控訴人支店では、本件手形の付箋に支払拒絶理由として、契約不履行と記載したものである。)、受託にかかる異議申立手続も、右拒絶理由を基礎として事務を遂行すべく、所要の手続書類もこれに相応して整えるべきことは当然であるといわなければならない。

このことは、《証拠省略》からも認められるように、信用に関しない事由による不渡異議申立手続については、被控訴人も加盟する社団法人名古屋銀行協会で協定された名古屋手形交換所交換規則ないし総会決議の定めるところにより、不渡手形を返還した銀行が、異議申立書とともに不渡手形金額に相当する現金を手形交換所に提供するほか、慣例によって、右に加え、異議申立書に手形振出人作成の(異議)理由書を添付することとされていること、そして、大量の事務を迅速に処理すべき手形交換所に対して提出される右異議申立書等が、書式及び内容ともに疑議の生ずる余地のないように異議申立手続の依頼をうけた銀行において簡明直截に記載することの必要性が高いこと等からいっても、前記のように解するのが相当というべきである。

ところで、前記認定のとおり、被控訴人支店において、手形交換所の事務担当職員から、被控訴人支店の提出にかかる異議申立書記載の支払拒絶事由及び手形の付箋の理由と、同申立書に添付した理由書(乙第一号証)記載の支払拒絶事由とが一致しないこと(すなわち、前二者は「契約不履行」と明確に読みとれるのに、後者は「詐取」とも読みとれるような不明確な記載であること)から、これらを符合させるよう調整してほしい旨の指示を受けた際、被控訴人支店としては、異議申立手続をなすにつき銀行協会において定められた必要事項は履践しているのであるから、手形交換所側の右指示こそ誤っているもの(すなわち前記各書面記載の支払拒絶理由は、被控訴人支店としては、信用に関せざる事由においては実質的に一致していると判断するのであって、指摘されるような齟齬はないということ)として、一たん右異議申立がなされた以上、そのまま手続を進めるべきであるとの立場から手形交換所側に翻意を促すか、それとも手形交換所側の前記指示を受け容れて、右指示通り異議申立手続に必要な書類を再度調整するかのいずれかの方策を選択すべきであったところ、被控訴人支店は、後者の方策を選んだのであった。けだし、手形交換所の指示内容は、帰するところ、異議申立書に添付すべき理由書記載の支払拒絶事由を一読して「契約不履行」であるとわかるように書き直すという極めて簡単な事柄であったので、被控訴人支店としては、申立書類の再調整の道を選んだものと推認される。従って、被控訴人支店においては、手形交換所の右指示の趣旨に則り、控訴人に対し、理由書(乙第一号証)の記載を補正させるに当っては、右理由書に記載すべき支払拒絶事由を、何人が読んでも契約不履行であると理解できるように訂正方指導すべきであり、そして、右指導は、控訴人支店のように手形につき不渡異議申立手続を日常的に事務処理する者としては、極めて容易なことであり、かつ、時間のかかることでもないのであるから、この方法を講ずることにより、再度異議申立手続を進めれば、手形交換所所定の時間内に申立をなすことは十分可能であったことは明らかである。

しかるに、前記認定のとおり、被控訴人支店側では、手形交換所の前記手続補正の指示内容を誤解し、本件異議申立における支払拒絶事由を「詐取」とするように指示をうけたものと速断し、これにより、二回目になした異議申立における支払拒絶事由を「詐取」と書き直して(もちろん、控訴人に対しても、理由書記載の支払拒絶事由を詐取とするよう指導したものと推認される。)、再びこれを手形交換所に提出したところ、手形交換所から右異議申立書の支払拒絶事由では、本件手形の付箋の支払拒絶事由である「契約不履行」と一致しなくなるから、これでは申立は受理できないと再度誤りを指摘されるに至った(この点についても、被控訴人支店としては、手形交換所側から指摘されるまでもなく、手形の付箋記載の支払拒絶事由との間に齟齬の生じることは直ちにこれを想到すべきこと当然であり、被控訴人支店が何故にこのような不備な補正を行ったのか理解に苦しむところである。)。従って、右の段階で、手形交換所としては、時間が許されるならば、本件手形の持出銀行である静岡銀行の了解を得て(すなわち、本件手形は逆交換により持出銀行の方へ送付されている途中にあるから、被控訴人支店においてもはや単独で付箋のつけ替えをすることはできないものである。)付箋の支払拒絶事由を「契約不履行」から「詐取」に訂正するのも便法であると示唆するのも無理からぬところであり(もっとも、手形交換所側の右指示もそれが時間的に可能ならばという留保付のものであって、そうすべきであると指示したものでないことは異議申立手続に時間的制限のある以上当然であると解される。)、被控訴人支店としては、この段階においては、再度異議申立書を書き直すか、それとも、持出銀行である静岡銀行の前記了解を得る方向に手続を進めるか、残された時間内にどちらを選ぶのが得策であるかを決断しなければならなかったところ、前記認定のとおり、後者の方法を選んだものの、捗捗しく相手方(前記静岡銀行)の了解を得られなかったことにより遂に所定の制限時間を超過したため、本件異議申立は手形交換所において受理を拒否されるに至ったものである。

以上の次第で、本件異議申立が不首尾に終った理由は、被控訴人支店において、手形交換所側の申立手続不備についての示唆を誤解し、右誤解に基づいてなした手続について、さらに適切な補正方法を講じなかったことにより、所要時間を大幅に消費してしまったことによるものであり、右結果は、ひっきょう被控訴人支店の本件異議申立手続に関与した職員全体の度重なる不手際によることは明らかであるから、控訴人から受託した異議申立につき、債務の本旨にかなった履行がなかったものというべく、被控訴人としてはこれによる責任を免れることはできないというべきである。

四  次に、控訴人が、手形交換所において異議申立が受理されなかったことにより、不渡処分を免れる必要から、昭和四五年八月一九日本件手形金五〇〇万円相当額を持出銀行たる静岡銀行に支払ったことは当事者間に争いがない。

そして、控訴人の右金員の出捐は、すでに述べたとおり、被控訴人支店の本件異議申立手続に関与した職員全員の不注意による不手際から右異議申立が受理されなかったことに基因するものであるから、被控訴人は控訴人に対し右支払金員相当額ならびに本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一一月一二日から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  以上の理由により、控訴人の被控訴人に対する本訴請求(当審において一〇〇〇万円の請求を五〇〇万円に減縮されたもの。)は理由があるから、当裁判所の右判断と異なる原判決は失当としてこれを取消すこととし、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条、九〇条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 山下薫 上本公康)

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